お侍様 小劇場 extra

     SWEET' & SWEET' 〜寵猫抄より
 


        




 節分とひな祭りのど真ん中のシーズンをにぎわす一大イベント、もはや日本の風物詩となってさえいるのが、聖バレンタイン・デーという催しで。クリスマスケーキと同様に、本来の祭事とはあんまり関係なさそうな筋からひょこりと生まれた代物なのに、今や知らない人がないほどの行事と化していて。取り交わされるのがチョコレートだということからか、それとも女性が購買層というイベントだからか。義理チョコには 今年は省略ご勘弁というストッパーがかかっても、毎年の売り上げ自体にはそうそう増減の幅はないとか。女友達同士で贈り合う“友チョコ”だの、この時期限定のを自分が食べたいから買うという“マイ・チョコ”だの。果ては“逆チョコ”とかいう、男性から女性へ贈るのもいいんじゃないかという風潮まで持ち上がっているんだとか。

 “とはいってもなぁ…。”

 今年、某製菓会社がわざわざ商品まで作ってキャンペーンを打っているせいか、あちこちのワイドショーなぞでも特集が組まれており。売り場の大きさで有名な、デパートの特設売り場などでは、普通の年でも目立ってしまって入り辛かっただろうに、今年はそれへと絡めたくてか、取材クルーがそれっと追っかけて来るから、

 “あれは何だかお気の毒かも、だよな。”

 家事も片付け、資料整理も済ませてしまい。昼間の時間がちょこっと空いたので。小さな仔猫の家人と“せっせっせ〜♪”とお手々をつないだり、テーブルの縁でピアノを弾く振りして見せる“エア・ピアノ”をご披露し、その指を目がけ、小さなお手々がじゃれつかんとして繰り出す猫パンチから、絶妙な間合いで逃げて見せるという。林田くん命名“仔猫のワルツ”という遊びに興じたり。作家先生様が執筆中の昼下がり、大人しく過ごしていたその傍らに、天気予報目当てで点けたテレビで展開されていたのが。毎年お馴染み、女性アイドルのお歌をBGMにした、聖バレンタインデーへの特集コーナーで。会社帰りのサラリーマン風の男性へ、取材記者だろう女性クルーが話しかけていたのだが。あんな情景を見ちゃっては ますます近寄り難いのではと、同情混じりに案じてやってしまうこちら様。くせのないさらさらとした金絲の髪に、品のいい青い瞳も印象的な。透き通るような白い肌が覆う、すべらかな頬や するんとなめらかな線の鼻梁の峰の、それらの配置も何ともやさしく美麗な、正しく“佳人”という面差しをした うら若き青年で。そのような顔立ちのみならず、痩せ過ぎず、かといって雄々し過ぎることもない、嫋やかな趣きさえする肢体をし。武道を嗜んでいる延長でだろう、ちょっとした動作にも、洗練とそれから、心くばりの暖かみをのせ、それは切れのよい動きを見せて……。

 「にあっ、」
 「あ、こらぁ〜。今のは爪を出してたな?」

 食べやすいようにと一房ごとにばらしてあったミカンを、お皿の外へと ばら撒いて。小さなお手々にはそんなにたくさん掴めないだろ数の房、自分の前へと引き寄せたおチビさんへ。一応は叱咤のお声を飛ばす七郎次だったものの。……そのすぐ後に、

 「テレビに見とれてたんで待ち切れなくなったのかい?」

 だったらごめんねと、眉を下げて見せているようでは、あんまり躾けの効果はないような。
(苦笑)

 「ほら、潰れちゃったのもあるぞ? お手々を拭かなくちゃ。」

 どこへどうなっているのやら。小さな手の中のみならず、小っちゃな指の一つ一つにもぶら下がってしまっている、幾つものミカンを丁寧に外してやる。リビングセット用の低いテーブルなら、座っていても何とか両の腕を上へ乗っけられるという背丈の、小さな小さな坊やは 実は。生まれて間もない年頃の、小さな小さなメインクーンという種の仔猫…らしいのだけれども。不思議な出会いをしたその折からずっと、彼とそれから、御主の勘兵衛の二人には、5歳くらいの小柄な男の子にしか見えないから何とも不思議。ふわふかで綿毛を思わす金の髪を乗っけた頭に、潤みの強くて、ちょっぴり力んだ、赤みがかった大きな瞳。生和菓子のしんこ細工のように、きめが細かく、なめらかで柔らかそうな、そんな頬っぺやお鼻に口許は、見た目そのままの甘やかにやさしい造作。いかにも幼児のすんなりとした腕脚は、羽二重餅のような軽やかな肉づきの、ちょっぴり寸の足らない幼さがまた愛らしく。
「にゃ?」
 小さなお手々から外してもらったみかん、あらためて“頂戴”とお手々を伸ばすので、
「はいはい、じゃあまずは剥くからね。」
 手を拭うのはそれからだねと、幼子の見せた頑是ない駄々へお付き合いする困ったお兄さんへ、

 「相変わらず、過保護してますねぇ。」

 ひょいっと。刳り貫きになっている戸口から、お顔を覗かせた人がいて。何とも微笑ましいリビングのにぎわいが、ついつい招いてしまったらしいその人は、

 「あ、すいません。何か…?」

 こちらに御用でもと、腰を浮かせかかる有能秘書殿へ、ああいやいや立たないでと、両手を開いた仕草で押し止める彼こそは。本日の島田先生が執筆中のエッセイを、受け取りに来た編集員の林田くん。今朝早くに、受け取りに参りますとの電話があって、

 『………え?』

 作家活動における版権管理も請け負っている七郎次が、なのに預かり知らなかった“原稿”のお話。その場は適当に取り繕い、お待ちしておりますと話を合わせて、さて。
『勘兵衛様? これって一体どういうことですか?』
 何とはなくに雲行き察してか、こっそりリビングから逃げ出しかけた御主様へと、辣腕秘書殿の鋭い視線が飛んだのは言うまでもなく。
『いやまあ、なんだ。』
 いつだったか、旅行先でのあれこれを記した紀行文が掲載されたのだが、思いの外 いい反応だったと聞いて、あの程度のエッセイ風の文章でもいいのなら…と、ついつい安請け合いしたのだそうで。そんなやり取りを七郎次へ伝えておかなんだだけじゃあなく、

 『しかも、今日が締め切り日だというのを忘れてらしたと?』
 『にゃっ?』
 『お、落ち着け、シチ。』

 背景にただならぬ効果が燃え上がったような気がして、同座していた小さな仔猫が思わずソファーの陰へ身を隠したほどの、そんな剣幕を静かにたたえた秘書殿に。その先 言わさずとっとと書斎へ撤退してった人気作家様。それから数時間ほど経って、駅前のケーキ屋さんの化粧箱を提げた林田くんが訪のうて。いい頃合いの時間だったのでと、手間なく食べやすいようにと作ったらしき、特製のり巻きをお昼にお出しし、それから…1時間ほどが経っている。

 「原稿もいただきましたので、帰ろうと思ってご挨拶に顔を出したまでですが。」
 「おお、間に合ったんですね。」

 ウチの先生がうか〜っとしていて、本当に相すみませんね。いえいえ、こちらこそシチさんを通さなかった依頼なんで、何とはなく、予想というか、覚悟のようなものはあったのですが…なんてなやりとり。穏やかそうな口調にて、取り交わす二人であり。事情が通じていない人が見たならば、腹を探りあってる物言い同士とも解釈されかねなかったのだけれども。彼らに限っては とんでもないない、むしろ気心が知れている者同士。よって、うっかりしていた先生をこそ肴にし、さりげなく双方でからかい合っているようなもの。それが証拠に、

 「好き放題、並べてくれおるわ。」
 「にあんvv」

 続いて入って来たのは、ちょっぴり不機嫌顔の勘兵衛様で。義理は果たしたとあっての、だってのに上げつらうとは何事ぞと。機嫌を損ねている彼へは、仔猫が飛びつき、足元から懐ろまでをよじよじと登る。途中で気づいた勘兵衛の大きな手が掬い取り、

 「おお久蔵。お主だけだの、ねぎろうてくれるのは。」
 「みゃ?」

 小さな坊やを味方にしようとしたらしき、勘兵衛せんせえだったのだけれども。何をどう言われているものか、恐らくは判っちゃあいないのだろ いたいけないお顔が。すぐの間近で…大きなお眸々をぱちぱちっと瞬かせ、屈託ないまま“なぁに?”と小首を傾げたしりた日にゃあ、

 「〜〜〜。」
 「勘兵衛様、無体を言って自分でへこまないで下さい。」

 機転が利いて、気の利いたお言いようもたんと御存知ではあるけれど。根は善人なので、悪意や挑発には強いが…無垢な善意や誠意には、とんと打たれ弱い困ったお人。こころなしかっくりと落ちた肩口から、こぼれていた蓬髪の端っこが、スルリと逃げたの追っかけて。ひょいっと伸ばされた久蔵の手が、途端にもつれて搦め捕られてしまい、

 「おおお。」
 「にゃあっ。」
 「こっちへ来なさい、お二人とも。」

 だあもう、手のかかる…っと。世話焼きなお兄さんが“おいでおいで”をして見せる、ここまでがワンセットになっていた、漫才だかコントだか。

 “…いいんだろうか。
  此処へ来るたび、こんな美味しいものタダで見せてもらってて。”

 お腹抱えて笑いたいの、無理言った原稿、いただいたばっかりだしなと、こたびは何とか我慢の林田くんだったのは言うまでもない。




     ◇◇◇



 とて。

 仔猫の爪へと引っ絡まってしまった髪をほどいてやって。落ち着きがてらのついでにお茶しましょうとの一休み。林田くんにはお持たせの、駅前のケーキ屋さんの今月のお薦めは、

 「わあ、ココア・モンブランとザッハトルテでしたか。」
 「はい。さすがにこちらさんも、バレンタインデー仕様だったみたいで。」

 チョコレート風味のモンブランと、つややかなまでのチョコによるコーティングが見事なプチケーキ。
「にあ?」
「あ…っと。久蔵くんには普通のモンブランを買って来ました。」
「すいませんね、そこまで気を遣っていただいて。」
 林田には猫にしか見えない子だけど、こちらの家人が二人とも、我が子同然な可愛がりようをしているお猫様。しかも、

 「チョコレートは食べさせない方がいいんですよね、確か。」
 「ええ。何でも中毒を起こすとか。」

 カカオや乳精の匂いがするのでと、わんこには勝手にばくばく食べてしまう子も多いらしいが。そも、自然界にここまでカカオの成分を凝縮した物体はありはしないのだ。犬や猫が警戒せぬならかまわないと思うのは人間の大きな勘違いで、人工人造物だからこそ、人間が気をつけて管理してやらにゃあならないもの。林田くんもそこはちゃんと心得ていたらしいのだけれども、

 「でも…久蔵くんって、ミカンは平気なんですね。」

 どうやら、食後のおやつを兼ねてのこと、久蔵が好物にしているミカンを取り出して、房ごとになっている内ふくろを剥いてやってた七郎次だったらしくって。その手が止まったのに焦れての、先程のご乱行だったらしいのだけれど、
「猫って柑橘類の匂いは苦手だって聞きますのに。」
「らしいね。」
 私もそれは最近になって聞いたこと。だって久蔵は、ユズの練りきりが大好きだし、庭にあるハーブのレモングラスの葉っぱにもよくじゃれてるし。くすすと微笑った七郎次が、どーぞとデザートフォークで掬ってやったマロンクリームを、あむりとお口へ頬張ると、

 「〜〜〜♪」

 小さなお口がむにむにと動いて。心なしかお眸々も細められての、ご満悦ですというお顔を見せる。犬や猫は口元の構造上、その頬に何かをほお張るという食べ方は下手なはずだが。小さなお手々の甲で口元押さえ、少しずつ溶けてゆく甘みを堪能しているらしき様は。稚
(いとけな)い仔猫の姿でのそれを見ていても、何とも愛らしい仕草だし。5歳かそこら、まだまだ小さな幼児が、口元へ小さなお手々をぱふりと重ね、小っちゃな肩をすくめて嬉しそうにしつつ、ご披露下さってる所作だったりした日にゃあ、あなた。

 「〜〜〜〜〜っ。////////」
 「…………シチさん、握った手元からお口がはみ出してます。」

 惚れてまうやろ〜〜〜vv 再び、でしょうか。
(笑) 相変わらずユニークなご家族へ、原稿以上の眼福いただき。もうもうお腹もいっぱいですと、苦笑交じりに立ち上がった林田くん、
「あ、そうそう。これはシチさんにも通してましたよね、明日のサイン会。」
「え? あ、ええはい。Q街のルミナスでしたっけね。」
「はい。」
 館内管理の方へ問い合わせたら、ペットもバスケットやケージに入れてなら連れてっていいそうですよ? わあ、それは助かった。何なら私はお留守番かなって思ってたんですが。

 「???」

 何だか主語をすっ飛ばしてる会話が展開されていて、それがために話が見えぬは勘兵衛様のみ。いやさ、久蔵にも何が何やら判ってはないのだが、彼にとっては二人の会話より、七郎次の手の先、フォークに掬われた黄金色のクリームへの関心の方が高くって。止まったままなの、いつまでかしら。さっきみたいに飛びついたら、またシチに叱られるのかなぁ?と。お尻をもぞもぞさせつつも、いい子で待っている模様。
「何の話だ?」
「え? 言ってませんでしたか?」
 明日の祭日に、サイン会があるんですよ。誰の。勘兵衛様の…えっと、正確には天下泰平佐衛門嘉親さんの。そうだったか? はい…と、七郎次が澄ましたお顔ですらすらと紡いだ長い名前は、勿論のこと真面目なペンネームではない。罰ゲームのような経緯があっての、ゲームソフトの原作を、こっそりと書き下ろしたおりに使ったダミーの名前だったのだけれど。そのゲームが存外いい出来で、100万本も売れたほどのヒットを飛ばしたものだから、実は私でしたと顔出ししたのちも、版権の関係もあってのこと、そちらのお仕事はその名前で通している勘兵衛であり。

 「ジョルジュ島田さんのサイン会はやらないんですね。」
 「そちらはお顔は出さないって契約で書いてられますからね。」

 少女向けの幻想ロマンス文庫。中世のフランス辺りが舞台らしい、貴族の令嬢や、王族のご落胤らしき、陰のある貴公子が織り成すゴシック風の伝奇ロマン。OVAになった途端に、同人誌の世界でもよく聞く名前となってしまったジョルジュ先生が、まさかにこんなむさ苦しい壮年殿だなんてこと、一体どこの女性ファンらが許すだろうか…ということで。そちらは永遠の謎になるのだろうけど、

 「天下泰平佐衛門様が書いたあのゲームが、
  春に公開予定の劇場版になるって話は覚えてますよね?」
 「ああ。」
 「それへと先行して、サントラ盤つきのスペシャルエディション版が出るので、
  その宣伝を兼ねたサイン会を、とのことです。」
 「……っ、」

 やんわりと微笑って小首を傾げる七郎次だったのへ、何か言いかけたらしい勘兵衛先生が、だが…その句を飲み込み押し黙る。宣伝への貢献をないがしろにしちゃいけないのは重々承知しているが、既に持っている人へはちょっぴり落胆させるような、何とかバージョンとか、何とかエディションとかいう刷り増しは、勘兵衛としては実はあんまり好きじゃあない。ともすれば、こうまで話題になるなんて誰も思わなかったお遊び作品。それでもお金を出して買ってもらうのだからと、誠心誠意 頑張って作ったには違いなく。さして焼かなかった初回版があっと言う間に売り切れて、それでとあちこち問い合わせた人が続出し、再版するまでの盛り上がりにしてくれたのは。紛れもなく、それを買ってくれた、もう持っている人たちだのに。ちょこっとだけのおまけをつけての“別バージョンです”はないだろと。映画や何やでそういうのが出回ると、不愉快そうにしていた彼なだけに。本意ではないのは百も承知。でもね、劇場版へと携わってる人たちの熱意も買ってあげて下さいと。他でもない七郎次が、手を合わせて見せたので、渋々ながらも引き受けた話であり。

 「にあん?」
 「久蔵も連れてっていいのだな。」
 「はいvv」

 ということは、七郎次も参りますと。そういうことなら、まあいっか。何とか 憤懣押さえて下さった勘兵衛様であり。そちらのお膝へと移動をし、腕を引っかけ、林田くんの目にも“よいちょ”と立って見せての、にあにあと甘いお声を上げた久蔵へ、

 「いい子にしておるのだぞ? 広いところで人も多いから、迷子にならぬようにな。」
 「みゃんvv」

 明日…と言えば、今週末は確かバレンタインデーではなかったか? そうですよ、確かルミナスでも、1階の催し物会場でチョコレートの特設売り場を設けてるはずです。

 「アンダンテの正宗さんも、特製オペラを販売なさっているそうですから、
  間に合うようなら買っておきましょうね?」
 「ああ。」

 甘くはない、むしろ苦いくらいに濃厚な、大人向けのチョコレートのケーキで知られている名パティシェも出展しているとの情報に、やっとのことで相好崩して下さった御主様へ、

 “そんな風に頑迷なところも、好きですよ?”

 胸の奥底で こそりと呟いた誰かさん。はっきり言えない禁忌なぞ、何にもないはずだってのに。肝心なところで臆病な自分へこそ、ほろ苦いもの感じてしまう、美丈夫のお兄さんだったりするのである。







NEXT**


 *バレンタインものというのは、書くつもりなかったんですが、
  妙に盛り上がってネタを切ってしまいましたので…


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